思い出す

日常の中で、なにかのコトバに接した時に、ふと蘇る記憶などです。


スバル360

コミック「イニシャルD」の主人公、藤原タクミ君は、
13歳の時からとうふ配達のためハチロク(トレノ・アペックス)を運転してました。

ケースケは小学校の時に初めてクルマを運転しました。
スバル360でした。

母の実家に遊びに行ったら、庭の隅にリタイアした”てんとう虫”(スバル360)が放置されてました。
雑草が、てんとう虫の周囲に繁茂していて、もう動かなくなってました。
親戚のT兄さんが、ボクと弟に、

「○っちゃん、○ーちゃん、運転席に乗りなよ、押してやるから」

ボクは、お兄さんということで、ちょっとやせ我慢して、
5歳下の弟に譲り、
「ボクはいいです」という態度をとった。(笑)
T兄さんは、おそらくそれを見ぬいたのか、
あとからボクを載せてくれた。
嬉し〜〜いけど、
なんか恥ずかしかったので、たしか15メートルぐらいで降りた。

プロジェクトXは、今回スバル360の話(アンコール)を放送してましたが、
イニDのテープに間借りさせて録画したのを、続けて見ました。
イニDは、タクミと高橋涼介の最終バトル。
スバル、イニD、どちらも群馬だ。群馬だジャンプ。
しかもタクミ君は、ハチロクからインプレッサに浮気しそう。
いい感じの間借りです。

スバル360
って、ほんとにキュートだあー。
三杯酢で、ツルッとイキたい。
柔らかい木綿の服着せたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ちょっと修正
少年の旅

今、マックのCMで流れてますよね?
ちらっと見ただけなので違うかもしれませんが、
おばあちゃんの田舎に少年が独りで行くようなストーリーのようでしたが、
あのBGMもなんだか胸に迫ってきて、いたいけな心が見えて好きです。

小学生時代とか少年少女の頃に、一人旅ってしたことありますか?

ボクは小6の時に、東海の田舎から東京の親戚の家まで一人旅したことがあります。
家出とかではなく、
ダディズオーライ、マミズオーライ、です。@チープトリック
紺のシャツ、ブルー系ストライプの半ズボン、白いキャップ、水色のショルダーバッグ。
自作の旅マニュアル。

名古屋で父に弁当とジュースを買ってもらってひかりに乗ると、すでに満員。
デッキも人だらけ。予定していた紙コップゲットも人目があるから出来ない。
あのデッキの紙コップは新幹線に乗ったという戦利品の設定でしたが、
恥ずかしいので断念。
このまま2時間狭いデッキで立ちっぱなしだなあと思っていたら、
ひとりのビジネスマンのお兄さんが新聞を敷き、手招きして、
(ここに座りな)
と、新聞の座を指差す。
お礼を言ってお兄さんの隣に座る。

ひたすら漫画を読むが、気持ちに余裕がなくてなにがなにやら。
マニュアルの再確認、10分してまた再確認。
また漫画。マニュアル。漫画。マニュアル・・・

東京駅について、お兄さんにお礼を言って別れ改札を出る。
東京駅から出てしまったわけです。
(その乗車券で23区内である西荻窪までは乗れるのに)
そこからX駅までの切符を買う。
その切符でまた入場して中央線を探す。
中央線は新幹線と反対に一番丸の内側です。
連絡地下道を歩く。視線は前方固定で歩く歩く。

(オレンジ色・・・オレンジ色の電車・・・)

一切の余裕無し。

電車に乗れた。座れた。少し気持ちの余裕が出る。
当時、自動車より電車のほうが好きな少年でした。
線路だらけで、”長い電車”だらけの景色に見入る。
何故電車好きかというと、
車体の幅より狭い線路の上で、
激しくゆれながら高速で走るところが好きでした。
意味不明ですが。

X駅に着く、○○線に乗りかえるために連絡通路を歩く。
ここまできたらあと一駅。
やったやったという達成感が沸き始める。
渡り通路の正面にある○○線窓口に切符を出して、

「Z駅、子供一枚」

と言えばいい。親戚の家の場所も以前から知っているし。
マラソンで言えば、独走で競技場に入ってトラックを手を振りながら
一周している状態です。

ふと見ると、○○線窓口の前でも手を振っている人がいます。
伯母でした。迎えに来てくれたのです。

(ガーン・・・!!ああああ〜〜!!ひとりで行けたのに・・・)

少年の些細な達成感が・・・がらがらと崩落します。
でも作り笑顔。

滞在中に伯父に交通博物館、霞ヶ関ビルなどにつれて行ってもらいました。


う〜ん、知らないうちに人の達成感を摘み取っちゃってる事ってけっこうやってるかも知れませんよね。
特にコドモの。(^^ゞ

「アホやな〜、その切符で西荻窪まで乗ってこれたんやでぇ」( ^ ^ )
 
 
 
 
 
 
 
 
 

夏の金魚

小学校の時、夏祭りでのこと。
地元の小さな祭りで夜店も10店ぐらい。
その中に金魚掬いもありました。

金魚はご存知の通り2,3センチのチビ金魚なのですが、
その中に謎の巨大魚が一匹いました。
(いま思えば、リュウキンか何かが育ったものだと思います)
サイズは20センチを超えてました。ポイ(掬い網)の径の倍以上あります。
細かい金魚が無数にいる中にガリバーが存在するわけです。
注目の集め方も文字通り市場用語でいうところのガリバー型寡占状態です。

ですが、お客はガリバーそっちのけです。
そりゃそうです、掬えるわけないですから。
不条理な20センチ超えが悠々と泳ぐのを尻目に細かい現実を追いたてます。
といいますか、掬ってもいいものなのか、単なるにぎやかしなのか?

とにかく気になります。ガリバーが。
他の店にいっても常時気になってます。
キラーコンテンツなわけです。

結末はあっさり。
どこかのお母さんが掬いました。
掬ったというより、ポイに乗せた。
母は強し。
キラーコンテンツを早々と消された店のオジさんは、
ビニールの小袋にその金魚を「し」の字に収め、
おチビちゃんに手渡します。

金魚掬いの夜店があったら、覗いてみるといいですよね。( ^ ^ )
時々ガリバーがいますよね?
ミドリガメクラスならけっこういるみたいですね。
地方によってはウナギもいると聞きました。
 
 
 
 
 

ジンクス

以前ハワイのジェットスキーのインストラクターで、
ミッキーさんというキャラの立った人がいました。
※本名が三木さんなのでミッキーだった。(笑)

ミッキーさん「何年もこの仕事をやっているが、今まで俺が持っていたジンクスを打ち破ったのはオマエが初めてだ、名前はなんという?」
ワタシ「●●です」
ミッキー「ようし●●、この先ずっとオマエの名前をツアー客に言ってやるからな」

ということがありました。
なので、ワタシの本名はそのミッキーさんが知ってます。(^^ゞ
まだインストラクターおやりになってて、その後本当に言いつづけていればですが・・・。


ジンクスの話〜。

観光でハワイとか行きますと、オプションでジェットスキーとかあるじゃないですか。
国内みたいに4級船舶が必要ないので、初心者が大勢体験するわけです。
ワタシもその初心者でした。
同行の男ばっかし4人とやってみると事にしました。
ワタシ達の回の他のグループは、女性だけのグループ、ややオタクっぽい男性のグループ、
ややカッコイイ系の男性女性のグループの(薄い記憶、ちょっと違うかも)計15,6人が桟橋に、
という状況でした。
ちなみにウチのグループは研究室(ゼミ)の腐れ縁関連です。
意外にナンパなやつが多いのです。ブランドフリークとか(^^ゞ

ここのジェットスキーオプションは日本人旅行者にとってはメジャーなところだったらしいので、
ご存知のかたも多いと思います。
そしてインストラクターはミッキーさん。
日系のかたで三木さんというらしい。
「本名が三木だからミッキーと呼ばれているんだ」
毎回ツアー客にこの同じネタ言ってると思います。(^^ゞ
学校の先生口調で、客に敬語をお使いにおなりになられないらしいですます。
これがステーツなのだな。
このミッキーさんってツアー客には定番で有名だったと思います。
ひょっとしたら、「あ、あたしその人のオプションやったかも」
という人が何人かいらっしゃるかも、と思うのですが・・・。
(数年してテレビでも見ましたし。なにかのリゾート特集で。)

さあ始まります。
メガネをしている人は、海に落とさないように紐でツルを縛ります。
ワタシを含めて数人がメガネ。ニポンジンネ〜。
ワタシは、その頃ボストンをかけていました。
カラダは今よりもさらにガリガリ。
骨っぽくはないのですが50キロ無かったと思います。(^^ゞ
最初は、排気量の小さいジェットスキー、
しかも大きな流線型の補助フロートが付いているのでコケない。
言ってみればジョットスキーの原付きみたいなものです。
形状は競艇のボートに立ち乗りしてるみたいなイメージをどうぞ。
数台のそれに順番に全員が乗ります。
そこそこ乗れて、楽しい。
しかしそれは試験だったのです。
これを乗りこなして見込みのある人だけが乗れるのです、本物のジェットスキーに。
つまりその他の人は”ジェットスキーモドキ”にしか乗れずに帰るわけです。ニポンニ。

ミッキーさん
「ようし、今度はこんなもんじゃない!っていうのに乗せてやる。
本当のジェットスキーはこんなものじゃないんだっていうのを体験していってくれ!」
※この台詞ハッキリ覚えてるのです。

で、ミッキーさんの目にかなったのは誰だったのか。(ドラムロール)

1人目
知らない男性。運動神経よさそう。カッコイイグループ?

2人目
ワタシ。でぇ〜〜〜!@12の三四郎の志乃ちゃん調

3人目
後輩M。ウチのグループ。運動得意なやつ。

以上。
厳しい倍率を勝ち残った。嬉しいけど、怖い。
研究室の他のツレ3人ががっくりしてる。

本物のジェットスキー登場。
たしか440CCとか550CCとかゾロ目の排気量だった。
路上なら中免でも乗れない排気量。
どっちにしてもその時中免持ってなかったですが。
マックロに日焼けしたガーゴイルサングラスのお兄さんがデモンストレーションします。
アクロバティックなことをしたり圧倒されます。
ミッキーさんも「これが、これこそマリンスポーツの真骨頂よ!」的な演説をかぶせます。

我々はこのデモのお兄さんの後ろをついて一定のコースを一周するわけです。
ですが、もちろんその間に何回もコケルわけです。

1番バッターは後輩M。
いきなりデモのお兄さんの後につけず、
まっすぐまっすぐまっすぐ・・・・・・何処行くんだ〜曲がれよ〜。(とみんながココロで叫ぶ)
曲がり難い様子。そしてコケ。またコケ。またコケ・・・。
補助フロートとかないわけですから、やたら不安定なことはわかってますが、
かなり屈辱らしい。
リスタートするには、泳いでジェットスキーまで辿り着きなんやかやで時間もかかるので、
屈辱感羞恥感が強いらしいです。見ているこちらもつらい。
そしてMは桟橋に帰りつきました。
Mの先ほど3人に選ばれたという誉れは、今は反転してます。
ミッキーさんも、まあこんなもんだろという雰囲気です。

次峰はワタシ。
不思議なのですが、ワタシには簡単な気がしました。
コケるというイメージがまったく湧かない。
(あれ、ぜんぜん乗れる!?なんか楽勝だよ?)
余裕さえありました。
ヒザを使わなくていいぐらいの波なのにワザと脚を屈伸させたりしてカッコつけたり。
やなやつ〜。
デモのお兄さんも、もうちょっとでコケずにゴールだと応援してくれます。
そして桟橋に無事ゴール。
ミッキーが興奮してます。(もう呼び捨て)

ミッキー「よくやった!よくやった!俺は今までジンクスを持っていた。
メガネをかけた日本人は絶対にコケル。最後までまともに乗り切れないというジンクスだ。
1日に何十人づつのツアー客を相手に何年もこの仕事をやっているが、
今まで俺が持っていたジンクスを打ち破ったのはオマエが初めてだ、名前はなんという?」

ワタシ 「●●です」

ミッキー「ようし●●、この先ずっとオマエの名前をツアー客に言ってやるからな」

ミッキーちゃんと言ってるか?


3番バッターの人もコケまくってました。
でも後に判ったのですが、ジェットスキーって体重軽いほど有利なのです。
ワタシが乗れた道理です。
なので、概しておんなのコのほうがすぐ上手になるスポーツだそうです。
彼に屈服させたい彼女は是非・・・(^^ゞオベイミー!
事前になにか賭けをしとくのもいいですね。
 
 
 
 
 

ばんぎ・がんじゃ・まりふぁな・たいま

大麻といえば、学生の時こんな思いでがあります。

朝、同期のXXと研究室に行くとまだドアが開いていませんでした。
鍵を受けとってきて、肌寒い研究室に入り、すぐにコーヒーを入れる事にしました。
コーヒーメーカーは教授の部屋にあって、いつも勝手にみんなが使ってます。
研究室内にある教授の部屋は、さらにドアがついた個室になっているわけです。

私 「あれ、フィルターがないぞ?何処だ?」

僕達は、ガサガサと教授の部屋の家捜しを始めました。
同期のXXは、教授の机の向こう側のチェストにまで捜査の手を伸ばしました。
XXが何かを手にとって、唖然として言いました。

XX 「あ・・・大麻だ・・・」

見ると、ビニールに入った大量の干からびた植物の葉を持って、
XXが止まってました。

初めて大麻というものを見ました。
なんでこんな場所に大量の大麻があるのだろう?
ウチの研究室の専門と関係無いし。
農学部のほうの関係の預かり物かな?
まさか先生・・・。
たしかにあの先生は、ちょっとアウトローっぽい風貌だし。
スティーヴン・セーガルにもなんとなく雰囲気似てるし。
それに学者とかインテリのひとって法律とか相手にせず、
自分で万事判断して行動してそうだし。(偏見(^^ゞ

はたして、紅茶の葉っぱでした。
海外旅行の時に買ってきたそうです。
それが判明するまで、なんとも気持ち悪かった。


ひとつ大きな謎を感じましたでしょ?
でもそれについてはちょっと書けません(^^ゞ
 
 
 
 
 

オシャレ新聞 付録:やさい通信のネーミング由来

サブカル誌のクイック・ジャパンさん、毎号拝読させて頂いてるわけですが、
このところ気になっていますのは見開き2ページの『貧乏人新聞』です。
び、貧乏人!編集者は現役法大生の貧乏人さんです。(人のこと言えませんが)
この新聞の主旨は、法政大学の伝統、つまり貧乏臭さを守る!
ということだそうです。キャンパスがコギレイになっていくのはゆるせん!
チャラチャラすんな!法大は貧乏こそ命!・・・というのがスローガンなのです。
ああ・・癒し系だ!(´。`)っと。

そしてその活動内容とその紙面が面白すぎます。
一見キナ臭い事をおやりのようで、内容はノホホンとしてます。
いや一見バカバカシーことをしているようで、実はかなりホンキをしていらっしゃいます。
う〜ん、どちらなのかわからない活動です。
新聞が面白いので、なにはともあれ応援しております。
右翼系エンターティナーの鳥肌実さんの向こうをはって欲しいですね。

学生課前クサヤ焼きテロの次は、もっと臭いテロを期待したくなります。
ドリアンジュース撒き散らしテロ。
アスパルテーム原粉の極甘テロもすごいもんです。

ぜひQJ誌版の新聞チェックしてください。
貧乏過ぎて母性本能が発現しそうになります。

ボロはエロに直結するんです。個人的に。
ボロアパート萌え。廃墟萌え。ボロ学館萌え〜。

貧乏の匂いといったら?
ボクは・・・。
 


フリーペーパーとかもそうなんですが、新聞っぽいもの等
テキストそのものが面白いなあと初めて感じた頃の話です。

少年時代に、『あのねのね』っていう単行本(ワニブックだったかな?)を
友達から借りて読んだことがあるのです。
活字を読んで面白い!それまでは書籍を読んで笑うということは漫画だけに限られていたんですが、
活字が面白いという事態を初めて体験したわけです。そしてハマりました。
(それ以来、あのねのねメンバーだった清水国明さんのトークも好きです。もうたぶん一生逃れられません)

その後、中学進学のころだったと思うのですが、
東海のタウン誌『名古屋プレイガイドジャーナル』の中に、
『やさい新聞』
という半ページぐらいの連載をみつけました。
たしか手書き文字で、かなりくだらない内容のエッセイ?でした。
野菜に関係ないこのネーミングがかわいかった。
ほとんど知られてないはずで、注目してたのはボクだけだったと自負しております。(^^ゞ
3、4回で終わっちゃったと記憶してます。

こんな内容でした。
ミスタードーナッツに行って、ドーナッツを1個だけ注文する時に、
「このドーナッを下さい」
と真面目そうに言って、店員さんに苦笑されたとか、
オーバーオールを着て、駅のトイレでウンチをした後に、
オーバーオールの胸ポケットに入れていた鍵が落ちてウンチに刺さったとか。
そのときのテキスト表現も覚えてます。
”胸ポケットに入れていた鍵が落ちて刺さったのだった。クソに。”

その半ページの小宇宙に魅せられていたわけです。
それに前後して友達との年賀状やら卒業記念イシューやら、修学旅行のしおりやら
なにか書く(描く)場があったら、必ずぎっちり詰め込んでました。
宇宙を造りたかった。それもインフレーション宇宙を。(笑)

大学時代は高校の友人ひとりと、
卒業して大学の友人ひとりと、
それぞれ文通していたのですが、一般的な文通ではなく、
マンツーマンのフリーペーパーみたいなノリでした。
実際『いちじく通信』なんていうタイトルをつけてたこともありました。
このネーミングは、江口寿史先生の『ことぶき通信』に由来します。
ことぶき浣腸とイチジク浣腸ってことでインジェクションつながりです。

新聞っぽいものってなんだか見ちゃう。
おしゃれ新聞。
笑えるとなおグー。
編集者サンの血肉も入ってるともうタマラナイ。
一生逃れられないです。

※ドーナッツは単複同形ですよね。
※『やさい通信』は『やさい新聞』に由来してます。
 
 
 
 
 
 

特攻服

明日の『知ッテルつもり』のサブタイトルは、
〜鳥浜トメと特攻隊員たち〜
特攻隊の話らしいです。

ボクの学生時代、研究室(ゼミ)での事。
「なあ、●●やん、俺らツナギやなくて、特攻服にせえへん?」

理系の研究室には文系と違って制服らしきものがあります。
といっても何か作業する時だけで、普段はあまり着ないのですが。
一番ポピュラーなのが白衣なのですが、
ウチは工学部なのでツナギなのです。
各自で好きなのを買ってきて着ればいいわけですが、
その頃各研究室毎に統一したツナギを着て学食などで目立つのが流行っていました。(笑)

●●研は、赤のツナギ。
××研は、ブラックのツナギ。

同じ研究室の同年のTは、高校時代アメフトの経験があり、
新宿のビアホールの壁を鉄拳で穴を開けたヤンキーです。
けっこうムカツキ系。ただし部外者にだけです。
仲間うちでは誰ともケンカとかしなくて、とことんいいヤツです。
シーズー2匹とシャムネコを飼っていてなんだか面白いヤツでした。
仲間にだけはすごく優しいTは、ほんとにヤンキーの本質をもってたなぁ。

そんなTが相談してきました。
「なあ、●●やん、俺らツナギやなくて、特攻服にせえへん?
ちょっとツナギより高いけど・・・どうやろ?形も近いし。
ツナギ売ってるとこに売ってんやけど。ちょっとカッコエエやろ?」

それに対してボクは、
「面白い。それいこうよそれ。任せた」
思いもよらない発想に、そのままOKしました。
(て、二人で勝手に決めるなよ)(^^ゞ
すごい着眼だなあと純粋に驚きました。
それと、作業服は別になんでも良かったというのもありました。
どうせあまり着ないし。
なので面白いと思ったからそのまま受け入れてしまった感じでした。

その後数日して、Tがカタログを持ってきました。
しかしTが指差したのはブルーのツナギでした。
ちょっとエリがデザインっぽいセンスのいいやつでした。

「やっぱりこれにしよか?」

結局、特攻服の件は廃案になりました。

それから1年ぐらい経ったある日。
ボクは新聞を読んでいました。
大二次世界大戦時、息子が特攻隊員に志願したそのお母さんの言葉がありました。

”暴走族の人が着ている特攻服を見ると、
今でも胸が張り裂けるような気持ちになります。
あの服は今を生きる人が着てはいけない服です”

ガガガーンとなって、すごく勉強してしまった・・・。

でも、イロイロな服が氾濫してると一度は着てみたくなりますよね?
ある種の服には独特の魔魅があって・・・
弱いワタシは簡単に負けてしまうのです。
特に木綿ね。


番組見ました?
ペンの文字って激しくて、やさしいですよね。
このデジタルの文字が滲んでしまうぐらいの・・・・
深い波を抱いていて。
 
 
 
 
 
 

白い猫 〜大阪小学生8人刺殺事件〜

小学校1、2年生の時のことです。
その時、40分ぐらいかかる通学路を友達と下校していました。

いきなり後ろの方から、白い猫が、
大きな犬に追いかけられながら逃げてきた。
ボク達から数メートルのところで、捕まってしまって、
2匹の激しい咆哮があって、格闘になって、すぐに片方の咆哮が消えた。
ホウキを持った近所のおばさんが、犬を追い払ったけどすでに遅かった。

かみ殺された白い猫のたくさんの赤い血が見えた。
今思えば、おばさんは、ボク達にその亡骸を見せまいとしてたように思う。
「手当てしてあげるからね」というようなことを、わざとその亡骸に対して言っていた。
ボクはその時、もう死んでるよと、そのおばさんに言った。
おばさんは、生きてるよー、と言った。

しなやかな猫が、ガウガウ吠える大きな犬に殺された映像が、
あまりに強烈で、しばらく痺れていた。
いまだに時々思い出す映像。

まして、あれが人間同士だったら。
小学校2年生は、しっかり観察し、洞察してる。
コドモはなにもかも見ている。見てしまう。
大人と同解像度で、同品質で見てしまう。
そして、大人の100倍の速乾性で見てしまう。

いまでも、白い猫には、血がついています。
 
 
 
 
 
 

クワガタムシ

ボクは東京で生まれましたが。育ちは東海地方の田舎です。
夏になると小学生のころはクワガタを捕まえに、
ガキチャリでかなり遠乗りしました。
往復20キロ圏内にいくつかポイントがありました。
その秘密のポイントは、ガキネットでどこからともなく入ってくる情報でした。

ネットワークもフットワークも、
少年のころは、100%使いきって遊んでいたです。

クワガタは、ノコギリ、ヒラタ、コクワあたりだった。
それからカブトムシ、外道でシロスジカミキリとか...
スズメバチのホバーリングはマジ怖。

一度、タマムシを見つけたことがありました。
その場所は、お兄さんお姉さんたちがいつも車で
エッチな事をしているってガキ情報の場所でもあった。
しばらく友達と見惚れていました。(タマムシに)

そのタマムシはそのままにがした。
なぜか特別なもののような気がした。
それから、「家で飼うとそのタマムシ色が消える」
という情報があったりもした。
とにかく我々コドモはとっても遠慮した。山に。

途中の街道では、50円ほどのジュース代がなくて、
友達とその辺の店先の水道水をがぶ飲みしてた。

「おばさーん!水道飲んでいーい?!」
 
 
 
 
 
 
 

アラーム

ガス漏れ警報器の、その美声を初めて拝聴いたしました。
ガス漏れ警報機を鳴らしたのは、たぶん初めてです。
その時キッチンでゴージャスラーメンを調理してました。
麺ゆで用とスープ用にダブルで湯を沸かしていました。
そして、スープ用のレンジを切ってしばらくすると…

「ppp 空気が汚れているようです、換気をしてください」

と連呼。女性の声。
ボクは”原始人のように”慌て、喜びました。

警報という言葉で一番最初にリンクするのは、
映画「エイリアン」の宇宙船ノストロモ号の自爆プログラム進行中のシーン。
やはり女性の声で、「あと●分で爆発しちゃうので逃げてください」
というようなアナウンスが淡々と流れるわけです。
この淡々が怖い。パトライトも怖い。スチームぼわーっ、も怖い。

一般的に警報をもらうというと、慌てます。
でもでも、実はもっともっと慌てたいような気持ちもあります。
ガス漏れ警報ももっとエキサイティングに。
男性の絶叫気味の警報!女性の悲鳴!(林家パー子さんの笑い声もオプションで有り)
照明も落ちて、赤パト回って、蒸気ぼわーっ!

ワタシは”原始人のように”慌てたい。

そんな”ガス漏れ警報器”で慌てふためきたい。
そのあと、腕の中で深い安堵を感じたい。

”原始人のように”包まれたい。

”ふるえている存在”を包んでいたい。
抱きしめていたい。


あ、思い出したことがあります。
ガス漏れ警報器、ずっと以前に鳴らしたことがありました。

学生時分、アパート一人暮しの部屋でのこと。
その時、14型のテレビを持っていたんですが、ボディー色は赤&シルバー。
そのありきたりのカラーリングを再ペイントすることにしました。
部屋内に新聞紙を敷いて、ブラウン管等をマスキング。
ラッカースプレー噴射!
ちなみにカラーは、ウケねらいのドピンク!

ピピピピピー!

ガス漏れ警報器が鳴り響き、盛り上がったボクのハートが萎える。
警報器の電源を切ります。
そして、扇風機を窓の網戸にぴったり付けて、強旋回にして再スタート。

綺麗なピンクのラブリーなテレビが誕生。( ^ ^ )

でも、副生産物がありました。(・・;)ナニナニ?
網戸が、扇風機の風道の形に、つまり丸い形に、
ドピンクにに塗られてしまったのでした。
日の丸だぁ〜。
外から見ると、かなりの国粋主義状態。

でも地が緑なわけで、むしろバングラデシュの国旗に近いです。

※バングラデシュの国旗は、
資源がないのに豊かな日本のような国を目指されて、
日の丸を元にデザインされたそうです。緑に赤丸。

バングラの国旗。ピンクのテレビ。共同和式水洗トイレ。
そこに1年間いました。
でも、ほとんどその部屋にいない一年だったなぁ。
 
 











ノイズも好きだった少年
 

こんにちは、今週も始まりました、不二家歌謡ベストテン!
司会は、ロイ・ジェームスです。

10位 郷ひろみ 『洪水のまえに』
9位 さだまさし 『吸殻の風景』
8位 リリーズ 『好きよキャプテン』
7位 野口五郎 『季節風』
6位 ダウンタウンブギウギバンド 『サクセス』
5位 ピンクレディー 『渚のシンドバッド』
4位 岩崎宏美 『熱帯魚』





























チロル式年代測定法

地学でも史学でもありません。
チロルチョコレートをご存知ですよね?

♪今でも10円〜チロルチョコレ〜〜ェト〜
 

古生代
■■■ブロック3連で10円

中生代
■■■ブロック3連で20円(だったかな?)

現代
ブロック1個で10円
 

年代測定法といいますか、年齢測定法といいますか。(^^ゞ


ボクも古生代覚えてますです。( ^ ^ )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ケンカ

ケンカって、2種類あると思いませんか?
すごく好きな人とのケンカと、そうじゃないケンカ。(笑)
ボクは、6年間ぐらいお互い口きかなかったコトあります。
好きなヒトと。

このまま、会うこともないなぁと。
それが、ちょっとしたことで、仲直りできた。
別々の人生を行くんだけど、すごくうれしかった。
なんか泣いたなあ(笑)

仲直りって、仕切りなおしなんだよね。
だから、すごく恥ずかしい。初対面みたいに。
 

今、だれかとケンカしてますか?

そのヒトは、好きな人ですか?
 

過去に大きなケンカの経験がある人は、なんか違うよね。
一部の炎色反応が。ガスクロのピークが。
直感でわかる瞬間がありますよね。

仲直りは、第三者のおかげでした。
それもさりげない方法で、してくれた。
ケンカしてることを気づかないふりをして。
気づかないわけないのに。

ケンカも、ちょっとアリなのでは?
でも仲直りできないとね(笑)
今は、メールがあるじゃん。
第三者がいなくても。
 
 
 
 
 
 
 
 

アケビ

スーパーにそろそろアケビが出る季節になりました。
小学校の5、6年の時、一度だけ食べたことがあります。

仲のよかったT君と下校の途中でした。その日、なんとなく未知の横道に入ったのです。
道というか、水道設備の横の隙間を通りぬけて、知らないエリアに入ってみたのです。
するとちょっとした空間がひろがって、そしてその向こうに雑木林もありました。

「わ、近くにこんないい場所があったなんて、今まで全然知らんかったぎゃ」

雑木林のなかは薄暗くて入りたくなかったのですが、
誰か先人の”基地”の直感があって(笑)、ふたりで入っていきました。
すると、雑木林のなかで薄明るい8畳ぐらいの広間に出くわしました。

「あ、あれ、なんだあれ!なんか気持ち悪い」

無彩色気味の薄暗い林のなかで、その空間だけほのかにディムライトで明るく、
そしてその薄明かりの宙の中心に、鮮やかな紫の物がひとつポツンと浮いてました。
それは、その林のコアのように見えました。

「アケビだ!」

それに近寄ってからT君が言いました。
T君は詳しいらしいです。ボクは知りませんでした。

その8畳は、人の物品がたくさん有り、小学生の作った基地というよりは、
大人のひとがネグラにしていたような雰囲気がありました。
そして、そのアケビは、まるでそのネグラの”電灯”のスイッチみたいでした。

※アケビ、山地に生える蔓性落葉低木です。
果実はサツマイモ色で長手10cmぐらいの瓜形。
熟すと縦に割れます。

そのアケビに手を伸ばすと、いきなり林全体がシャットダウンして、
小学生が2匹捕獲されるような、そんな奇妙な雰囲気の空間でした。
さらに、ひょっとするとそこに住み着く何者かが
そのアケビを大切にしていたのかも、
..とかいろいろイメージされました。

が、ボク達はさっさと採取しました。(笑)
アケビには、薄い縦割れの筋が入りかかってました。

「お、タイミングばっちり。これより早いと割りにくいし、これより開いちゃうと、
虫が入っちゃうんだわ」

カパッと実を開くと、なかに純白の大きな芋虫のような果肉がありました。
半分づつ食べました。でも、種だらけなので、食べるというよりなめるという感じです。

”山の生クリーム”とも言われてます。


 
 
 

『POPEYE』

学生時代、同じ研究室でAというヤツがいて、
卒業最後の年は、そいつとボクで同じアパートの1、2階に住んでいた。
アパートというか、一軒家です。
玄関は独立している変な構造の家だった。
夜になると、いつも彼はボクの2階の部屋に遊びにきていた。

彼は、スパゲティを作る事、ドラム、HONDA、リーバイス、そしてPOPEYEのフリークだった。

パスタ料理は、アルバイトでやっていて、かなり上手だった。
一度、ワインとか使ってありあわせで作ってくれた。すごく美味しかった。

ドラムの空打ちが癖だった。
「二度打ちっての覚えてみる?」

50ccのモトラに、河原で”5人乗り”をした。前の荷台にひとり(笑)

501を履きながら、いつも身長が低いことを気にしていた。
VANの白いポロシャツは、よれよれだった。
ちゃんとローファーのスリットにコインを入れていた。

古本屋に行くと、いつもPOPEYEのバックナンバーを探していた。
創刊号から全部集めるのが目標で、まだあちこちたくさん欠けているらしい。
創刊号は持っていた。古いのはかなり持っていた。

「将来、パスタ屋やりてえんだよな〜」

小さなナデ肩が言う。

卒業して、彼も、普通にメーカーに就職していった。
就職先は、自分の希望と研究室の義理の2社の板ばさみだった。
自分の希望は、某文具メーカー(センスおしゃれっぽいとこです)
研究室の義理は、某機械パーツメーカー。

結局、文具メーカー人事に断りの電話をかける彼だった。
彼の部屋には電話が無かったのでボクの部屋からかけることになった。
一時間ぐらい溜め息をついてついて、ぺちゃんこになったAは電話に手をかけた。
電話の後も、気が抜けたままだった。
 

Aは、今なにをやっているのだろう?
あのお人好しは...。

パスタ屋の夢は続いているのか?
まだPOPEYE買っているか?
まさか記事を見て、このページを見ていたりするのか?
インターネットやってるのか?

「俺ってほんとだめだよな〜( ^ ^ )」

が口癖だった。
今なにをやって生きているのだろう?

それとも”全部”そろったのか?
たぶん一番真面目なPOPEYEフリークだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ウンチから

猛暑のなか、体調などいかがでしょうか。
ワタシは、このところおなかの調子が少し悪いです。(--;)
普段は快便でやや硬いぐらいなのです。それはそれはバナナ状で、
審判員3人とも、

「一本!!」

と、旗をあげて下さいます。

ところがそうなんです、最近ちょっと柔らかいんです。
牛乳大好きなワタシですが、ずっと控えています。
健康ならうんちというのは、本来快感を伴なうもの(痔の人ごめんなさい)なのですが、
ユルイと気持ちわるいですよね〜。
なんかトイレから出ながら、損したような気持ちです。(T_T)タノシミナノニー

子供(男子)が最初に始めるギャグは、シモネタで、ほとんどはうんちの事だと考えております。
ボクも友達と、隙あらば、いったい何段のトグロが描けるか競ったものです。

「まことちゃん」も「Dr.スランプ」も、うんちはサブキャラでレギュラーでしたし、
「トイレット博士」なんてメインキャラというか、モチーフ(主題)でした。
これらのお作は、すべて当時のベストヒットでした。
今のギャグマンガもそうですか?

もしかしてウンチだらけのゲームってどうなのでしょうか?リアル3Dで希望。
きっと買うと思うワタシ。
個人で作ってる有志さんはいらっしゃいませぬか??

ジャージーミルクがいいんですが、高いですもんね..。
ホルスタイン、美味しいからいいや。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

E.B.T.

ガキンチョの頃、やった遊びで、こういうのがありました。
学校のブランコを使います。あとは軍手を丸めたもの。(石でも可)

ブランコの支柱は6本足の合掌造り。ブランコは2基。
つまり、双方のブランコはそれぞれ4本の支柱に囲まれています。

6本の支柱の根本を結んで地面にラインを描きます。
「日」の字になるわけです。それぞれの「口」が自分のコート。

競技開始!

それぞれブランコに乗ります。サーブ権を持っているほうが、
軍手を相手のコートに投げ入れます。
投げ入れられたほうは、地面に手がつかないようにそれを拾い、
今度は相手のコートに投げ入れます。
ラリー出来ないほうが1ポイント負けです。

コートの隅に投げる(あるいは、アクロバティックに置く)と相手は、
取りにくいわけです。隅ほどブランコは高くなりますから。
狙いすぎて、OBしたり、
白熱しすぎて、”セルフ鉄柱攻撃”しちゃうやつもいます。

3スイングのうちに返さないとだめとか、難易度も上げれます。
ボレーもありです。

名前さえない遊び。遊びは自分たちで生んだ。けっこう安産。
今のコドモは、その創造力に加えて情報源も道具も持ってるから、
そろそろカイブツ君が、ぞろぞろ出始めるのではないでしょうか。

エキサイティング・ブランコ・テニスと、今命名しました。


こうさんからいただいたイラストです(≧▽≦)ノ
お尻がカワイイー。
少年ヨーコというイメージですね♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ほっとん

小学校低学年のころ、近所に年下の兄妹がいて時々一緒に遊んでいた。
妹のS子ちゃんは、部屋の中で、いつも”それ”を見失って、探す。

「ほっとん...ほっとん...」

僕達が、探してあげるのだ。
それは、お母さんがS子ちゃんのために作ってあげたもので、
布団の角の部分だけのもので、たしか三角形だった。
そうだ、蒸パンみたいな感じだった。
その”ほっとん”をいつも口に当てていた。

ほっとんは、みつかっただろうか?

街中では、こまったちゃんだけど、
ふたりきりのときなら、かわいいよ。

まだ、もっているのだろうか?
もう洗濯ぐらいは自分でしろヨ。


 
 
 
 
 
 

プラモデルのログ

(古い順)思い出せるもののみです。

■幼稚園

マイティジャック:
あの二谷英明さんが主演(?)してた海洋特撮の潜水艦。
サイズは50センチぐらいあって、麦球が2個点滅しながら、
畳の上をタイヤ(笑)でゆっくり動いた。
伯母が買ってきて、父が作った。ボク不在気味。
積み木で家を作って、そこに突貫させた。
もっぱら破壊神として遊んだ
 

■小学校1〜3年生

三菱F−1戦闘機:
国産の戦闘機です。50センチぐらいだった。
伯母が買ってきて、ボクが作った。
このプラモデルには、普通に組みたてるノーマルパターンと、
内部構造の部品も組み込んで、そこのフタ部品は付けないで、
内部を見せるというカットモデルのようなディスプレイパターンの2通りがあった。
内部構造はハウスからちょっとプラスする設計らしかったが、
部品をひとつも残したくなかったワタシは、無理にフタ類を接着して、
ボコボコのボディラインの戦闘機を作った。
”かっこよさ=満足”ではなかったみたい。
貧乏性らしい。

サンダーバード:
という名前のアメ車。1/20スケールぐらいだった。
伯母が三菱F−1戦闘機とこれを買ってきてくれた。
記憶が希薄。色は白。

トヨタコロナ:
20センチぐらいだった。色はグリーン。
どうして持っていたか不明。
家にあった箱ブランコの足板に乗せて、
ブランコを揺らして、スリルを楽しんだ。
落ちて、ルーフが割れた。

トヨタセリカ:
箱は、三菱ギャランGTOだったのに、帰って開けたら、中身はセリカだった。
セリカも好きだったけど、凹んだ。
初めて、自らモチベーションが発生し、
時間をかけて自主的に選択購入したものだっただけに凹んだ。(; _ ;)
1/20サイズ。
 

■小学校4〜6年生

戦艦長門:
戦艦大和が売りきれていて、しかたなく買った。
”やまと”と”ながと”で、名前が似ていたので、選んだ。
船底にスクリューの軸を通す穴があるわけですが、
浸水しない様に、そこにグリースを詰める小さなボックスがあるのです。
”グリースをお持ちでない場合は、バターでも代用できます”
と、設計図には書いてありましたが、
その時、冷蔵庫にマーガリンしかなくてそれを使った。
小学校に直径7、8メートルの池があって、横断させようとして、
真ん中当たりで沈没。重油(マーガリン)の航跡がそれっぽかった。
サルベージ不能。
友達はすごく同情してくれた。
30センチぐらい。

潜水艦:
ゴム動力だった。
せ、潜水艦なのにゴム動力!?...今考えるとスゴイ。
この記憶は現実なのだろうか?
でっかいバラスト(重り)を組み込んだ記憶ぐらいしかない。
印象が薄い。
30センチぐらいだった。
この記憶は妄想ではないだろうか?
あ、潜水艦だから、ゴム動力なのかな?...よく考えれば。

クルーザー:
一級河川にて沈没。
U字形に航行して手元に戻ってくると思ったのが、甘かった。
川の流れは、けっこう速い。さすが一級河川。
遠くから、沈む瞬間もしっかり見た。悲しい悲しい。
周囲に誰もいなかったので、誰も同情しない。
20センチぐらい。
もちろんサルベージ不能。このー、一級河川。
 
 

■中学時代

デコレーションのトレーラー:
ほんとはトラック野郎のシリーズが欲しかった。できれば『一番星』が。(; _ ;)
でも丸っきり品薄らしかった。在庫なし。
ぜんぜん無名なこれしかなかった。便乗企画ものっぽかった。
ものすご〜〜くデコトラが作りたかったから、
ものすご〜〜く妥協してこれを買った。
箱絵はカッコ悪いし、デコレーションは少ないし、デカールのセンスないし、
バリは多いし、整合性悪くて組み立て難いし、、
プラスチックもなんだかグニャグニャだった。
この一件が原因かデコトラ熱が冷めた。
25センチぐらい。

ポルシェ930?934?:
ツヤツヤのブラックに塗装。20センチぐらい。
改造して、ワイヤードのリモコンにした。ちゃんとステアリング機能もリモコンに。
でも、サーボモーターではなく、普通のモーターで作ったため、
「右」じゃなければ「左」というタイヤの切れ角でした。
後輪にセメダインCを塗ったりして摩擦係数を小さくして、
ドリフトさせまくると、かなり面白いです。
正確には、パワースライドというのかな?(笑)

ランボリギーニイオタ:
『サーキットの狼』好きだった〜。
友達がだれも作っていなかったので、このイオタを選んだような気がします。
友達と同じじゃないと嫌なものと、同じだと嫌なものってありますよね?
そのへんを左右する本質ってなんだろう??
確か1/20サイズ。

フェラーリ512ベルリネッタボクサー:
決められたカラーリングがいやで、
シルバーとブラックのツートーンにした。
ウインカーはクリアーイエロー。
「俺様って、日本一のカラーコーデネーターだなあ」
と思った。その時は。
確か1/20サイズ。
 

■高校時代

タイガーT型戦車(機種依存文字かな?):
すごく真面目に、何日もかけて作った。
綺麗にカラーリングもした。
それまでは、プラモデルは必ず1〜2日で作ってた。
25センチぐらい。

ザク(ガンダムの敵方のロボット):
30センチぐらいある大きなのを作った。
オールブラック(つや消し)でペイントして、
モノアイ(単眼)はグリーンがボワーンと....
「クク...俺様って、世界一のカラーコーデネーターだなあ」o(--  )
と思った。その時は。
ウェザリング?スカッフィング?(うろ覚えです)
とかいうペイント技法を覚えた。


ギャランGTO、戦艦大和、トラック野郎一番星
には、縁のないままになってしまったなぁ。(´。`)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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